「ダヴィンチ・コード」は映画にもなった実際のレオナルド・ダヴィンチが残したミステリー。その真実に迫ります

ダヴィンチ・コード アドバイザーズ

著者「ダン・ブラウン」は数学者の父と宗教音楽家の母という家庭環境で育った。科学対宗教という二律背反とも環境であるが、このことは、スイスの物理学実験室とバチカン市国を舞台として展開する「Angels & Demons」に生かされている。フィリップス・エクセター・アカデミーを卒業後、同校で英語の教師として勤務、その後作家活動を開始し、1996年に、「Digital Fortress」を発表。
ニューヨークタイムズ紙を始めと主要なにおいて位を続けるという爆発的なベストセラーと40か国語以上に翻訳された。

 

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ダ・ヴィンチの暗号を解読する―図説ダ・ヴィンチ・コード
中見 利男

ダ・ヴィンチの暗号を解読する―図説ダ・ヴィンチ・コード

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人気ランキング : 172695位
定価 : ¥ 1,470
販売元 : 日本文芸社
発売日 : 2005-04

本当の真実は何でしょう?

 本の内容は皆さんが書いているとおりですから、別に今更解説は必要ないと思うんです。マグダラのマリアがイエスの夫であるということも、そのとおりだと思います。しかし私は、ここで大いなる疑問を提起したい。

 当時のユダヤの社会は男尊女卑の社会ですよね。それなら、ですよ。次のことはどうなるんですか?
1.もしも、イエスが本当に大工の息子なら、どうして彼はローマまで担ぎ出されて死刑にされたんでしょうかね? 今風に言うなら「いい加減にせえよ。この、馬鹿野郎」と徹底的にヤキを入れればすんだはずです。
2.もしも、マグダラのマリアが本当に娼婦だったら、彼女は絶対に聖書になど出てくるはずはないんじゃないですかね? それを意味深に出してくるということは、彼女は絶対に娼婦などではない。男尊女卑の社会でも登場させるだけの必要があったからですよね。そう考えれば、彼女はどこか身分の高い家の出身にならなければおかしい。
3.そして2.が正しければ、彼女は大工の息子などという身分の低い男と結婚するはずは絶対にない。つまり、この作者も書いているとおり、カナの婚礼は、実は自分たちの結婚式だった可能性が出てくる。それも、お互い高貴な身分の結婚式です。文字通りユダヤの長老たちは震え上がったことでしょう。

 私はキリスト教徒です。フランス流の公教要理を学んだ年寄りなら、絶対にこんな話は信じませんよ。しかしこれが事実だと、私は思います。

ダヴィンチコードの関連本というより便乗本

これはダヴィンチコードを引用しつつ著者の主張を述べたもの。
著者の説にのっとり、まったく別のダヴィンチコードが書けるだろう。
その著者の説もダヴィンチコードのタネ本からの引用が多い。
レンヌルシャトーの謎で重要な暗号の隠された絵画と示唆される
プッサンの作品などを中心にした著者の暗号解釈の主張が述べられていると思う。
書かれている内容の信憑性より、
著者の主張をフィクションとして楽しめれば幸せだろう。

本編投稿後の追加です。
よーくネットでチェックすると多くのことが既に出ている本の
引用だということがはっきりして後からがっかりすることがほとんどです。
ネットでいろいろと調べるのが面倒ならこれもフィクションとして楽しめます。

懐疑心の不足

この本が「科学的ではない」というのは「常識に反する」という意味ではない。
引用した資料や持論の展開に対して疑ってみる(反証が不可能であることを確かめる)という作業ができていないことが問題である。
新説を発見すればたちまち旧来の説が覆されるわけではなく、
新説の中で様々な疑いの目をくぐり抜けた物(×避けた物)のみが、旧来の説を覆すことができるのであろう。
もちろん旧来の説もテストを課せられ続けていてそれをクリアし続けなければその地位がたちまち失われるのは言うまでもない。
この本においては「欧米の研究者の間では〜考えられている」等といった(存在すら確かめることができない)不特定者の仮説までも
論旨の前提としてる箇所が多い。
その仮説を証明(又は反証)せずに前提条件として思考を繰り広げるのは危険である。
そのような態度では自説に対して反証可能性を確かめるようなことができるはずもない。
トンデモ本としてどう捉えられるかは分からないが「派生本である」「結論が近未来の大異変(奇しくも数多の予言・陰謀本と同じ)」
ということから考えると評価される可能性は大いにあると思う。
星2つというのは「トンデモ本」としての私の評価である。

科学者のメッセージ

 ひところ流行ったトンデモ本の読者の残党はこの本をどう評価するだろうか。彼らはなんでも科学という言葉を金科玉条のように持ち出して物事を一刀両断するが、科学とは一部の科学者が導き出した結論を常識という名のコピーにして世界に配布する作業をいうのである。
 したがって我々が信じている科学とは単なるコピーにしかすぎないのであって、別の科学者が新説を発見すればたちまちにそれは覆される、いわば危うい存在なのである。科学の持つ希薄性を知らない人間があたかも常識の代表者のように科学、科学と二言めには口にするのは同じ科学の世界に生きる者としても言語道断である。
 そう言った意味でこの本は、決して科学的ではないにしろ、聖書の裏に隠された真実に迫っていこうという態度は、仮説の提唱者として、またそれを実証していこうとする研究者としてむしろ科学的な態度といってよいのではないだろうか。
 私はこの本を十分に楽しんだ。

アナグラム

 暗号解読には様々な手法があり、決して科学的な物ばかりでないことは暗号研究の専門家も認めているところです。この本はいろんな手法を用いて暗号解読に挑んでいます。
 さらに、この本の凄いところは極めて危険な素材を扱い、聖書の本質をえぐりだし、読者に伝えようとしている点です。つまり、サービス精神旺盛な本堕と思います。
 「こいずみじゅんいちろう」→「地図見ろ」などといった幼稚なネタはありませんので、ご安心のほどを。ただ無理があると思われるところは著者もそれを認めつつ参考のために紹介している部分もあります。したがって比較的冷静な本だと思います。
 『ダ・ヴィンチ・コード』を読んでよくわからなかった私は、この本を読んで奥の院までよく理解することができたように思います。

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このページの情報は
2006年7月19日19時38分
時点のものです。

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