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北川 健次 |
価格:¥ 1,575
納期:通常24時間以内に発送
人気ランキング : 135747位
定価 : ¥ 1,575
販売元 : 新潮社
発売日 : 2004-12-22 |
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自身の感覚を頼りに「モナ・リザ」の謎を解く |
レオナルドが秘密結社に所属していたのではないか、という言い伝えがありますが、レオナルドは謎の多い人物です。また、彼の作品「モナ・リザ」についても、様々な疑問が提起されています。モデルは誰なのか、妊娠していたのか、なぜ黒衣の喪服なのか、絵の注文主は誰か、幻想的な背景は何かの暗喩なのか、口元の微笑の意味は何か、そもそもレオナルドはこの絵に何を描こうとしたのか。
著者はこの謎を解明するために数多くの文献を渉猟しますが、美術家である著者が最終的に頼りにするのは自身の感覚です。
たとえば、著者は「レオナルドは4歳で生き別れた母への思慕が強く、一体化願望を持っていたのではないか」という着想を証明するため、どこかに同じような例がないかを探しました。そして、日本の法然に同じような事実があったことを思い出すと、京都光明寺を訪ねて直接見せてもらうという行動を起こします。母親が斬殺されるという不幸に見舞われた法然は、自分を肖像化した乾漆像の内部に、母親からの手紙をびっしり張り込ませたというのです。
実際に見せてもらった時の最初に伝わってくる印象が全て、と言い切る著者は、法然の像が慟哭のすさびといったものを生々しく放ってくるのを感じ取り、「モナ・リザ」も「母子合体」の強度の想いを今に伝えていることを確信します。
レオナルドとその作品を推測しながら著者がたどった旅は、パリ、ミラノ、フィレンェと進みます。最後にレオナルドが4歳で母親から引き裂かれるようにして連れてこられたヴィンチ村の風景に向き合い、著者は謎解きの旅を締めくくりました。
文献から推測する謎解きだけでなく、「感じ取る」ことでレオナルドの真実に迫ろうとした文章は、読者の心に直接届いてきます。
しかも、著者が解いた謎は、けっして明るいものではありません。気力・体力が充実している時に読むことをお薦めします。
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画家でありながら凄い書き手 |
とある演奏会で大学時代の恩師と何年かぶりで再会した際、この本を是非読むようにと強く勧められました。――この数年のあいだに私が読んだ本のなかで最高の本です。この著者のみごとな日本語にすっかり打ちのめされてしまいました――と。日本語をこよなく愛し、ひとりの人間がこれほどたくさんの本を読めるのかというほど古典から現代に至る文学作品を渉猟してこられた先生が、「打ちのめされた」と述懐なさる本、そのタイトルが『「モナ・リザ」ミステリー』であると耳にして、思わず「えっ?」と問いただしてしまいました。
翌日早速買い求め、帯に書かれた「ビートたけし氏興味津々」というコピーを眺めてみては、もしかして先生は何か別の本と間違われたのではないかと疑心暗鬼な気分で読みはじめてみたのですが、ほどなく「まさしくこの本だ」という感動が噴出してきました。どう表現したらいいのでしょう、輪郭線のない絵画のような筆致とでも形容したらいいのでしょうか、ひとつひとつの筆は眼に見えたままの光を描いているのに、キャンバスにはオブジェが正確無比に写し取られているのです。建築物や交響曲のように論理の網で覆われているのではなく、「モナ・リザ」の周囲を漫然と逍遥するディヴェルティメントの軽やかさを終始保っていながら、実はすべての細部が緻密に、完璧に計算しつくされているのです。うっとりする感触のシルクを編みこんで硬質のダイヤモンドに結晶化させたようなアンビバレントな平衡感が、最後の一文まで私の気分を包みこみました。
読了後ただちに恩師に電話を入れ、上記のような高揚感を言葉にならないまま伝えました。そして先生も同意してくださるのではないかと受話器に耳を澄ませていると、少し沈黙をはさんだ後、意に反してこうおっしゃるのです。「私はこう思いました。この著者の文章は頭でどう考えても作れないものです。著者の感性のなかにすでに文章が含まれているのです。書かれた文章のように著者は世界を切り取っているのです。でも感覚的な人間である私と、私と較べてずっと論理的なK君が、まったく違った角度からこの本を受け取って、それでいて二人ともすばらしいと思ったのだとしたら、何だか不思議なことですね」
つきつめて言えば、先生は感性の権化をこの作品に見いだし、一方の私は毛細血管のように張りめぐらされた著者の理知に感服したのでした。この感動の圧倒的なすれ違いこそが、私にとって一番の「ミステリー」です。
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画家でいながら凄い書き手 |
とある演奏会で大学時代の恩師と何年かぶりで再会した際、この本を是非読むようにと強く勧められました。――この数年のあいだに私が読んだ本のなかで最高の本です。この著者のみごとな日本語にすっかり打ちのめされてしまいました――と。日本語をこよなく愛し、ひとりの人間がこれほどたくさんの本を読めるのかというほど古典から現代に至る文学作品を渉猟してこられた先生が、「打ちのめされた」と述懐なさる本、そのタイトルが『「モナ・リザ」ミステリー』であると耳にして、思わず「えっ?」と問いただしてしまいました。
翌日早速買い求め、帯に書かれた「ビートたけし氏興味津々」というコピーを眺めてみては、もしかして先生は何か別の本と間違われたのではないかと疑心暗鬼な気分で読みはじめてみたのですが、ほどなく「まさしくこの本だ」という感動が噴出してきました。どう表現したらいいのでしょう、輪郭線のない絵画のような筆致とでも形容したらいいのでしょうか、ひとつひとつの筆は眼に見えたままの光を描いているのに、キャンバスにはオブジェが正確無比に写し取られているのです。建築物や交響曲のように論理の網で覆われているのではなく、「モナ・リザ」の周囲を漫然と逍遥するディヴェルティメントの軽やかさを終始保っていながら、実はすべての細部が緻密に、完璧に計算しつくされているのです。うっとりする感触のシルクを編みこんで硬質のダイヤモンドに結晶化させたようなアンビバレントな平衡感が、最後の一文まで私の気分を包みこみました。
読了後ただちに恩師に電話を入れ、上記のような高揚感を言葉にならないまま伝えました。そして先生も同意してくださるのではないかと受話器に耳を澄ませていると、少し沈黙をはさんだ後、意に反してこうおっしゃるのです。「私はこう思いました。この著者の文章は頭でどう考えても作れないものです。著者の感性のなかにすでに文章が含まれているのです。書かれた文章のように著者は世界を切り取っているのです。でも感覚的な人間である私と、私と較べてずっと論理的なK君が、まったく違った角度からこの本を受け取って、それでいて二人ともすばらしいと思ったのだとしたら、何だか不思議なことですね」
つきつめて言えば、先生は感性の権化をこの作品に見いだし、一方の私は毛細血管のように張りめぐらされた著者の理知に感服したのでした。この感動の圧倒的なすれ違いこそが、私にとって一番の「ミステリー」です。この本を読んで高輪台のギャラリーオキュルスへ北川氏の版画を観に行きました。
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画家でいながら凄い書き手 |
とある演奏会で大学時代の恩師と何年かぶりで再会した際、この本を是非読むようにと強く勧められました。――この数年のあいだに私が読んだ本のなかで最高の本です。この著者のみごとな日本語にすっかり打ちのめされてしまいました――と。日本語をこよなく愛し、ひとりの人間がこれほどたくさんの本を読めるのかというほど古典から現代に至る文学作品を渉猟してこられた先生が、「打ちのめされた」と述懐なさる本、そのタイトルが『「モナ・リザ」ミステリー』であると耳にして、思わず「えっ?」と問いただしてしまいました。
翌日早速買い求め、帯に書かれた「ビートたけし氏興味津々」というコピーを眺めてみては、もしかして先生は何か別の本と間違われたのではないかと疑心暗鬼な気分で読みはじめてみたのですが、ほどなく「まさしくこの本だ」という感動が噴出してきました。どう表現したらいいのでしょう、輪郭線のない絵画のような筆致とでも形容したらいいのでしょうか、ひとつひとつの筆は眼に見えたままの光を描いているのに、キャンバスにはオブジェが正確無比に写し取られているのです。建築物や交響曲のように論理の網で覆われているのではなく、「モナ・リザ」の周囲を漫然と逍遥するディヴェルティメントの軽やかさを終始保っていながら、実はすべての細部が緻密に、完璧に計算しつくされているのです。うっとりする感触のシルクを編みこんで硬質のダイヤモンドに結晶化させたようなアンビバレントな平衡感が、最後の一文まで私の気分を包みこみました。
読了後ただちに恩師に電話を入れ、上記のような高揚感を言葉にならないまま伝えました。そして先生も同意してくださるのではないかと受話器に耳を澄ませていると、少し沈黙をはさんだ後、意に反してこうおっしゃるのです。「私はこう思いました。この著者の文章は頭でどう考えても作れないものです。著者の感性のなかにすでに文章が含まれているのです。書かれた文章のように著者は世界を切り取っているのです。でも感覚的な人間である私と、私と較べてずっと論理的なK君が、まったく違った角度からこの本を受け取って、それでいて二人ともすばらしいと思ったのだとしたら、何だか不思議なことですね」
つきつめて言えば、先生は感性の権化をこの作品に見いだし、一方の私は毛細血管のように張りめぐらされた著者の理知に感服したのでした。この感動の圧倒的なすれ違いこそが、私にとって一番の「ミステリー」です。この本を読んで高輪台のギャラリーオキュルスで開催中の北川さんの版画を観に行きました。
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一気に読み終えました |
法然、少年A、三島由紀夫、、、といった、今までのダ・ヴィンチ論には全く登場しなかった人物たちが次々と現れて驚かされた。彼らが巧みにダ・ヴィンチや「モナ・リザ」の本質に入っていくための計算された駒のように動いていって引き込まれる。「ダ・ヴィンチコードより面白い」とか、「モナ・リザ論の到達点」といった批評を新聞や雑誌で見かけるが全く同感。この本は世界中のダ・ヴィンチ専門家にも読まれるべき内容だと思う。特にフランス語の翻訳を期待する。